2005年1月6日(木) −新年−

 みなさん明けましておめでとうございます。
例年ですと、お節を食べ蔵出しの日本酒を飲んだりして、かなりのんきで贅沢なお正月をのんびりと過ごしている主催者ですが。今回は年末から風邪を拗らせて、一昨日までほぼ寝たきり状態。1週間あった年末年始のお休みを殆どベッドの上で過ごすハメになってしまいました。ようやく昨日から起きだして、メールを開いてみると注文・質問のオンパレード!ゼロゼロナインばりの加速装置?を使って処理してようやく今日から本格的に営業(更新)開始です。休み中にご注文を頂いた方々、そろそろ商品の届く頃だと思いますが、なかなか届かず心配な場合にはご連絡をください。この時期は和装用品を扱うメーカーさんや問屋さんも書き入れ時、ことによると私の指示が行き届かない場合も(ま、そんなことはないことを願いつつも・・)考えられますので、念のため。また、年末年始休業期間中(2004年12月28日〜2005年1月4日)に商品に関するご質問を頂いて、尚且つ1月中にその商品を購入していただいた場合には、対応が遅れてしまったお詫びとして多少の勉強をさせていただきますので、前向きにご検討していただけると嬉しいです。
 さて、2005年度の亀屋染物店の方向性ですが。。前半は古着(着物)や割引商品などを掲載していこうかと・・。今まであまり在庫を置かない方針で運営してきましたが、昨年辺りから所謂アウトレット商品が溜まってきてしまいました。通常の30%〜70%OFFでの販売を予定していますのでご期待ください。ちなみにアウトレット商品とは「仕入過多による大量在庫」や「製造停止になったオールドモデル」「再生産品・処分目的での放出品」などのことで、中古品とは違うものですのでご理解ください。
 また、最近多くの方にご要望をいただいている『団体(大量)注文』について2005年度からは1回の取引が
5万円以上で   10%引き
10万円以上で  15%引き
25万円以上で  20%引き
50万円以上で  25%引き
という設定が可能になりましたので、衣裳担当の方は宜しくお願いしたいと思います。
 今年は亀屋にとってどんな年になるのやら、、、みなさん今年もよろしくおねがいいたします。。。
1月17日(月) −餅つき−

 先日亀屋では約30年ぶりに餅つきをしました。主催者の記憶が正しければ、、大阪万博(1970年)まで亀屋ではもち米を炊いて、ぺったんぺったん餅つきをしていたのです。当時私はようやく小学校に上がったぐらいでしたが、一族総出で協力して鏡餅やのし餅を作っていたのを覚えています。
 それが家業(染物業)の衰退とともに、また時代の流れでいつの間にか、お米屋さんから買うようになりました。毎年楽しみにしていた、あの杵と臼の音色が聞かれなくなって、子供心にガッカリした覚えがあります。
 そこで、久しぶりに家族が集まる良き日を祝う意味や、主催者は今年後厄(42歳)にあたるのでその災厄を吹き飛ばすように、また今年1年のjpkameyaとstore.yahoo.co.jp/kameya/ の商売繁盛、家内安全・交通安全・無病息災・厄除祈願・心願成就・#$%∋??煤≧#%$&*"!?÷ などを願って出来立てのオモチに舌鼓を打ちました。。。
1月25日(火) −八日市場経営塾−

 八日市場に限らず過疎化に悩む各市町村では、若者を呼び戻すためや、商工業の活性化のため、各種団体が様々な企画・催しを行っています。それぞれ工夫を凝らした内容で、それなりに楽しめる企画も多いのは事実です。
 ただ、ケチをつけるようでなんですが、こうしたイベントの殆どは「とにかく町を活性化しましょう」とか「若者を故郷に呼び戻すにはどうしたらいいか」「とにかく景気が良くなればいい」といったコンセプトで開催されることが多く、主催者のように「田舎は自然がたくさんあって住み易くて快適だ!このままがいい!」と思っている人間にとっては 「?」 と感じることがあります。今話題になっている整備新幹線をはじめとする公共事業、様々な施設を作り橋を架け道路を敷いて、便利で快適で近代的な町並みを作る・・・。こんなことは結局は金と時間のムダ使いだと感じはじめた人も多いのではないでしょうか。また、年金や貯蓄で生活するお年寄りにとっては、人がワイワイガヤガヤ集まって町が騒がしくなるよりも、静かにのんびり暮らせる環境の方が良いのかもしれませんし。。。
 確かに、自然災害や救急医療などに即応するシステムや消防や医療施設は必要不可欠です。八日市場にも地元の若者が組織する消防団というものがありますが、「自分達の町は自分達で守る」という意識が高まるという利点もあり、都会と同じように田舎にも無くてはならないシステムだと思います。
 さて話は飛びますが、今回は八日市場出身の俳優地井武男さん。地井さんは亀屋から500m程離れた八百屋さんの生まれでチャキチャキの「八日市場ッ子」。この八百屋さんは今は閉店してしまいましたが、地井さんは地元出身の有名人として度々八日市場を訪れてくれます。今回は『八日市場経営塾』のために忙しいスケジュールを縫って来ていただきました。ちなみに『八日市場経営塾』とは、先に触れた“市の活性化”のために八日市場商工会がここ数年企画している各界の著名な方々を招いての経営講演会です。
 当日は「地井武男の全国漫遊記」−元気印のまちづくり−と題して2時間ほどの講演をしていただきました。『太陽にほえろ』の“トシさん”役の印象が強い方にはあの寡黙で実直なキャラクターと講演会が結びつかないと思いますが(失礼ながら私もそうでした)、今回は『北の国から』の中畑和夫バリの渇舌で、普段は20〜30人しか集まらないこの経営塾も300人程が押し寄せ、会場は大いに盛り上がりました。
 で、その話の内容が偶然にも主催者が普段思っていることと近かったのです。富良野の話から始まって、山古志村の闘牛と錦鯉、秋田県白神の里山、八王子の貸し農地、富山県の朝顔、静岡県の海洋深層水・・・などどれもこれも地域性を生かした特色のあるまちづくりの話。笑いを交えながらの辛口トークに、市長さんをはじめ集まった経営者(市民)の人達も真剣に聞き入っておりました。。
2月12日(土) −アクセス解析−

 ホームページの体裁が一通りできあがると先ずは検索エンジン登録。で、次に配慮すべきはアクセス解析でしょう。ホームページを管理運営していくためには、様々な情報が必要になってきますが、その中でもホームページの現状を把握して、今後の運営の指針を得るためにアクセス解析は必要不可欠です。具体的にアクセス解析とは、お客様が「どこ(サイト)から来てくれたのか?」「なぜ(キーワード)来てくれたのか?」「アクセス数の伸び率はどれぐらいか?」「どのページが一番良く読まれているか?」などを集計・分析することです。
 (jpkameyaにもある)トップページのアクセスカウンターは、そのサイトにどのくらいの人が訪問したか一応の目安にはなります。 ただこれは、トップページに限った話であり、また「(トップページの)アクセスカウンター数が多い」=「人気サイト」と考えるのはチョット早計です。もしかしたら来訪者はトップページだけを見て「興味がない」「センスが悪い」「(たまたま)時間がない」などの理由で、内容を見ずに帰ってしまっているかもしれません。また、訪問者が必ずトップページからそのサイトに入ってきているとは限りません。 ある統計によると来訪者がトップページから入る確率は約40%程度といわれています。そのサイトに何回も来ている来訪者は、自分の興味のあるページをお気に入りに登録していてトップページを通らずに来ているし、YahooやGoogleなどの検索エンジンから来訪したユーザーは検索エンジンに引っかかったページから直接入ってきています。実際『亀屋染物店』のカウンターは1日に200アクセスぐらいですが、サイト全体の訪問者は1日10,000人近くになっています。
 アクセス解析とは例えるなら「航海日誌」のようなもの。サイト全体を海、各ページを港、サイト来訪者を船にたとえると。船(来訪者)がその海(HP)をどんな航路をたどって、どの港(ページ)によったかということや、検索に使ったキーワード、時間ごと、日ごと、月ごとの訪問者数・閲覧されたページ数などもアクセス解析によって把握することができます。これらを分析していくと自分のホームページの改善点や長所が判り、より良いHPにするにはどうしたら良いかとという道標を得られるわけです。
 また話が長くなりましたが、、、ちなみに亀屋染物店が使っている解析ソフトは『Webalizer』。アクセス状況をHTMLで表示してくれるソフトで、『Analog』と並び、ウェブアクセスログ解析をするための代表的なフリーウェアです。
 ちなみに最近の亀屋のアクセス状況はこちらです
→ http://www.jpkameya.com/stats/
3月11日(金) −ライブドア−

 最近何かと話題のライブドアテレビや新聞でも毎日のように報道されているので、今や株に興味のない人でも堀江貴文氏のことを知らない人はいないでしょう。かく言う私も1997年頃日本最大級の無料プロバイダーであった“ライブドア”を利用していた1人です。
 その頃はまだブロードバンド・ADSL・光ファイバーといった言葉さえ耳慣れなかった時期、今や死語となりつつあるISDN回線全盛の時代でした。私を含め一般のユーザーは、各プロバイダーが提供するアクセスポイントに電話回線を使って接続し、そこからインターネットにアクセスをしていました。当時は『nifty』や『BIGLOBE』をはじめとする接続業者が続々と誕生する中、ライブドアはNetscapeやInternet Explorerなどのブラウザにライブドア独自のソフトをバンドル(合体)させて、其処に企業広告バナーを表示したり、メールマガジンを受け取ることを条件に接続料がタダになる所謂“無料プロバイダー”」として一斉を風靡していました。 私もその頃実際にその独自ソフトをインストールしてネットサーフィンを楽しんでいたのですが、接続料が無料ということで、毎日のようにネットを閲覧していたので、逆に電話料金がかさんで請求書を見てびっくりした記憶もあります。。
 その後皆さんご存知のように、ADSLをはじめとするブロードバンドが台頭して、無料プロバイダーは影を潜め、結局ライブドアは堀江貴文氏率いる『株式会社オン・ザ・エッヂ』に2002年11月に吸収されていきました。2003年4月『株式会社オン・ザ・エッヂ』は『エッジ株式会社』に社名変更、さらにその後改めて2004年2月には現在の『株式会社ライブドア』と社名を変更して現在に至っています。その間数々の買収・M&Aを繰り返し、今やインターネットの主軸に躍り出ました。
 さて、肝心の株価の方はというと、今日(3/11)の終値は338円。2月8日の時間外取引でのニッポン放送株大量買い付け騒動から1ヶ月間、いろいろな噂が飛び交う中、株価は120円以上も下落したことになります。今週辺りニッポン放送の新株予約権発行差し止めを求める仮処分申請の結果が出るといわれていますが。今だホルダーの私としては非常に気になるところです。。。
4月11日(月) −花見−

 本日午前7時22分ごろ、ここ千葉県八日市場市や茨城県神栖町などで震度5強の地震がありました。気象庁によると、震源地は千葉県北東部で震源の深さは約52キロ、地震の規模を示すマグニチュード(M)は6.1と推定され、現在の震度階級になった96年以降、千葉、茨城両県で震度5強を記録したのは今回が初めてだそうです。私自身地元でこれほど大きな揺れを感じたのは始めてでした。
 とはいえ、市役所や小学校で窓ガラスが割れたり
、総武線、成田線、鹿島線で電車三本が駅の間で立ち往生して、通勤通学の足が乱れたりしたものの、人的な被害は今のところ無いとのこと。朝のニュースで盛んに報道されたので、方々からお見舞いの電話を頂きましたが、亀屋は大丈夫、平常どおり営業しておりますので皆さんご心配なく!
 さて、今回は「お花見」。何かと物騒な話題が多い中、ホッと気持ちを和ませてくれる桜達に会いに行ってきました。上の写真は八日市場市の天然記念物で『黄門桜』と呼ばれて市民に親しまれている老木。この桜は名前の通り、元禄12年(1699年)水戸光圀(みとみつくに)が八日市場市内のお寺「飯高寺」(はんこうじ)を訪れた際記念に植えられたとされる、由緒正しい桜です。山桜の一種で葉の芽吹きとともに開花し、開花時期は染井吉野より1週間ほど遅く、花弁は淡い黄を帯びています。この日(4/10)はまだ1分咲き程度でしたが、気の早い市民がひっきりなしに見物に訪れていました。
 下の写真は、その後もう少し足を伸ばして、千葉県北部の小見川町まで行ってきたところ。小見川の城山(じょうやま)公園は北総地区随一の桜の名所として有名な人気スポット。4月中は、琴の演奏や野点、モデル撮影会、お花見コンサート、フリーマーケットなどイベントが目白押しです。ちょうどこの日は、ソメイヨシノ約900本、シダレザクラ23本など合計約1.000本の桜が満開でした。ちなみにこの公園は、桜だけでなく4.000本のツツジ、夏はアベリアやサルスベリ、秋はモクセイ、冬はサザンカと、一年を通して花を楽しむことができます。
 というわけで今回は本当に贅沢な時間を過ごした主催者でした。。。
5月9日(月) −香取神宮−

 先日は千葉県佐原市にある名刹『香取神宮(かとりじんぐう)』に行ってまいりました。香取神宮といえば、鹿島神宮、息栖(いきす)神宮と並ぶ東国三社の一つです。何でもこれら三社の神はもともとは三位一体なのだそうです。
 さて、その香取神宮は祭神に経津主命(ふつぬしのかみ)を奉り、創建は神武天皇18年(紀元前677年)と伝えられています。古来より国家鎮護の神として崇拝され、『神宮』の社号を持つ下総(しもうさ)の国一の宮です。現在の社殿は元禄13年(1700)徳川綱吉によって造営されたもので、本殿・楼門は国の重要文化財の指定を受けています。宝物館には、国宝の海獣葡萄鏡(かいじゅうぶどうきょう)をはじめ多くの文化財がが展示されています。
 当日は、ご覧のように雲ひとつ無いお天気に恵まれ、絶好の参拝日和!。ゴールデンウィーク中だったこともあり、家族連れや若いカップル達が森林浴をかねて大勢訪れていました。
 また、この日は少し時間があったので、同市にある『伊能忠敬記念館』にも立ち寄ってきました。歴史の教科書にも載っている伊能忠敬は日本で初めて実測による日本地図を作った人物として有名ですが、それ以外にも家業の米作りや酒の売買を再興し、地元の名手として佐原市の発展に寄与しました。もともと学問の素養はあったものの、江戸へ出て本格的に測量の勉強を初めたのは49歳で隠居した後のことだったそうです。この記念館には、忠敬の人となりや時代背景を示す資料や当時の地図にまつわるエピソードなどを豊富に取り揃えてあり、佐原市観光のメインスポットにもなっています。
 この外にも佐原には水郷・祭り・地酒・伝統的建造物など、歴史と出会えるスポットが満載です。